#1104
いつまでも勝てない存在
運転を科学する男、上西一美です。
僕、昨日ね、名古屋にいたんです。で、今ね、所沢の方にいるんですけど、ご想像の通りですね、名古屋で本当に足止めになりまして。
まずですね、中央線が突然止まってしまいまして、僕が乗った電車ですね。その後、地下鉄の代替輸送が出たんですけど、たまたま地下鉄の方に行ったんですが、僕が降りた後すぐ、地下鉄も止まってしまったみたいでですね。
金山から下車すると名古屋まで移動できなかったっていうですね。まあ、そして新幹線で名古屋に入ったんですけど、今度は名古屋駅でですね、新幹線が来ないっていう、そんな時代になりまして。
結局は1時間40分遅れで新幹線が来て、最終的にはさっき所沢に着いたんですが、また所沢がめちゃくちゃ雨なんですよね。
関東はなんと、8時くらいから雨が降りだしたっぽくてですね。アナパスで亡くなった人も昨日報道されてましたが、皆さん気をつけていただきたいし、今日も雨のところ、なおや雨ですかね。皆さんも注意していただきたい。
ブーブー言いながらも、お話もできるかなと思っているんですけど、また時間があるとお会いできる日を楽しみにしています。
ということでですね、今日の特典なんですけど、今日は「家族と連絡を取る頻度」ということで。
僕は親がね、今はちょっと施設に入ってしまっているんですけど、若い頃は本当に連絡しなかったですね。
今になってね、結構ね、我々の話ですよね。もっと連絡を取っておいた方が良かったなと思う方が多い気がしますね。
僕はね、まずは混んでないんですよ。先に言っておきますけど。一番、世の中で尊敬する人って言われたら、先にうちの母親しか出てこなくてですね。
うちの母親は母子家庭で育ってますけどね。本当に小さい頃から苦労をさせたんだろうなって思うんですよ。
母親と僕は一人っ子ですから、2人しかいないんですけど、自分のやりたいことは一通りやらせてもらえたし、そんな贅沢とかもちろんしてもらってないですけど。
でもね、お金あるとかないとかって、あんまり気にならないんです。もともとはゼロスタートですからね。全て自身で一回ゼロになってるし、全てゼロスタートなんで、あまり物欲とかありますけど、お金の執着心っていうのはほぼない状態です。
またゼロからスタートにしたらいいじゃん、ぐらいの感覚なんですけど、また今ね、社員がこれだけ聞いて、そんな勝手なこと言えないなと思ってますけども、基本的には僕の場合は、そういうお金の執着心というのはほんとない。
その中で、僕が大切にしてる家族とかは、こうやって守るんだっていうことを本当に教えてくれた。それはすごくですね、うちの母親に感謝してるんですね。
うちの母親は実は「勉強しろ」って言ったこともないし、「何々をしなさい」って言ったことないですよ。
僕、聞いたくらいなんですよね。「なんで勉強しろって言わないの?」「しろって言わないの?」って、小学6年生の時に聞いたくらい。
これは僕も以前に話しましたっけ。
うちの母親に、すごく反抗期が早くて、小学校3年生くらいから学校も行かなかったし、当時「登校拒否」ってなかなかないんですけど、学校行かなかった時期もあったりとか、あと母親にはすごく反抗してました。
小学校の時が一番反抗してたと思います。
その時にね、うちの母親にですね、小学校6年生の時に僕、こう言ったんですよ。
「なんで勉強せえって言わへんねん」って言ったことがあって。
その時、母親に答えた言葉がすごく重くて。当時、何言われたかって言ったら、
「いつかね、勉強するって信じてるから。言わなくてもいい」
って、一言ポロッと言われたんですよ。
その言葉が僕の中ではズシーンときてですね、「なんてことしてしまってるんだ」と思ったんですね。
当時、成績なんてもうゲノゲノゲーだから、勉強しないし、基本的に。
そんな中でですね、中学1年生から突然勉強しだして。でも、これだけサボってるとね、突然勉強したところでどうにもならないと思ったら、1日ね、学校帰ってから8時間くらい勉強してましたね。
1日、人生で勉強したのって言ったら、中学1年生と、あと浪人の時の2回だけなんですよ。2年しか勉強してないんですよ。
めちゃくちゃ覚えてますし、しかもやるって決めると、すごくやっちゃう人なんで。
結局ね、自分がね、中学1年生で1日8時間勉強するとですよ。いきなり中間試験みたいなのあるじゃないですか。ちょっと名前忘れましたけど。
中間試験、いきなり学校で3位とかになったんですね。
僕は逆に、下から3位くらいの人間だったんですけど、正直ね、本当にびっくりした。
それからですね、勉強するって習慣つきました。
まあ、中学1年生ほどですね、勉強することって、この浪人の時しかなかったんですね。
だから本当にね、うちの親は、そういう言葉で人の人生、僕の人生を変えた人なんですよね。
でね、うちの母さんも一つね、覚えてることがあってですね。震災の時ですよ。
震災の時に家がなくなって、家具もなくなるわけですよ。全てがなくなったら、ほぼゼロになったんです。
その時にうちの親は何て言ったかって言ったら、周りの人は「どうしよう、どうしよう」って言ってるわけですよ。
うちの親は何を言ったかって言ったら、
「ちょうどゴミで全部捨てるんだから、よかった」
って言いますよ。
もちろん顔を見たら、悲壮な顔してるんですよ。でも、口はそのこと言うんですよね。
その時にうちの周りの人が「だよね」みたいにしてもらってたのをすごく覚えてるんだけど、本当に精神力が強い母親ですね。
今90歳で、めちゃくちゃ元気なんですけど。
でも本当に、そういう親に僕はそういう背中を見て育ってきたので、そういうところはすごく見習っていきたいなと思っているし、まだね、僕は一生早く母親は正直勝てない。
あれだけのことをやれって言われても、無理だと思って。
いつまでもね、当時の母親を追いかけながら、仕事をしているような、生きているような姿がします。
では、今日も皆さん、お気をつけて。
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