#1112
当たり前の今に感謝する
運転を科学する男、上西一美です。
今日はですね、僕は関東の方に移動しまして、午後からセミナーですね。そのまま大阪に帰るという予定にしております。
先にちょっと告知しておかないといけないんですけど、10月の初旬ですね、またちょっと1週間、VOICYをお休みすることになって、2日、3日、5日の週かな。またちょっとですね、VOICYはお休みさせていただきます。
今年ね、ちょっとこれ2回目なんで、申し訳ないなという気持ちとですね、ちょっといろんな動きを僕もしていて、それもあってですね、仕事も1週間休むんですけど、そういった期間も大切じゃないかなと思ってですね、今年から意図的に増やしてるんですけどね。
今までだったらVOICYも、休みの日でもやっていたんですけど、基本的にはもうリセットしようと思っているので、VOICYはですね、10月の2週目、休ませていただくことにしています。
ということで、今週言っても今日と明日だけ、2日間だけになるんですけど、今日のトークテーマはですね、これ何? 薬? 野菜?
「野菜の作り置き」とかって、ちょっと僕には全く縁がなかったので、今回は月曜日に、その後に学んだことということでですね、ちょっと話をしていこうと思います。
僕はですね、本当にめちゃくちゃおばあちゃんっ子で、おじいちゃんはね、僕が生まれた時にはいなかったんですけど、母子家庭ですから、親が家にいないので、おばあちゃんにね、結構いろいろお世話になったっていう、本当に思い出がたくさんあるんですね。
その祖母はですね、阪神・淡路大震災で亡くなったんですけど、地震で亡くなったというよりも、避難所で亡くなったというか、避難所でですね、肺炎にかかってしまってですね。
当時98歳だったんですけどね、亡くなってしまったっていう。
僕にとったら身内が初めて亡くなったんですけど、それがですね、僕にとって一番大事、一番とかないか、本当に自分に一番近かった身内だったんでね。
母親とほぼ変わらないぐらい接してましたから、非常にですね、ショックだったし、あの時はね。
しかもね、ちょうどね、地震の1週間くらい前かな、2人でご飯食べに行ったんですよね。
その時もね、お肉をめちゃくちゃよく食べるおばあちゃんでね、お肉を普通に食べてたのを覚えてますけどね。
98歳ですからね、すごい外食もできるって、すごい元気なおばあちゃんだったんですけどね。
僕はその家庭もあってですね、うちの母はもう90歳超えてますけど、非常に体が強い。健康診断でも何も出ないし。
今ね、食事を一度ちょっとコントロールして、自分の体質がどれだけ変わるかっていうのを半年間ちょっとやってみようと思ってやっているんですけど、5月から始めて、2ヶ月で体重が6キロ減りましたね。
別に体重を減らそうなんて全く思ってないんですけど、食事の改善をしただけなんですけど、それがですね、今もう4ヶ月目になりますけど、ずっとキープされています。
体の変化は、自分の自覚症状はあまりないんですけどね。
でも本当に、数字もあと2ヶ月すれば健康診断も一回受けると思うんですけど、改善されてるんじゃないかなーって、勝手に思ってますけどね。
まあ本当にでも、ベースのものが僕はすごく強いんだな。それもこの間の健康診断の時に言われましたよね。
「遺伝じゃないか」みたいなことも言われましたけど、本当にですね、そういう強い体をおばあちゃんから母親に引き継がれて、そこからもらった気がします。
でね、おばあちゃんに教えてもらった言葉っていうと、よくね、戦争の話をよくされたんですよ。
小さい頃に、「戦争の時はどうだった、どうだった」ってね、もういろんな話を聞きましたが、僕はその時は小学校とかだったんでね、「戦争なんか今時ないやろ」って思ってましたね。
ずっと思ってた、それは。
あの、中学なってもね、会うたびにおばあちゃんはね、「戦争の時は食べ物がなかった」とかね、いろんなこと言われてたんですけど、今考えるとね、世界のどこかでは戦争もしてて、日本ではある可能性が低いかもしれないですけど、ゼロにならないし。
実際に地震になった時に、僕は幸いにもね、家からお金は取り出せたんですけど、電気も何もなかったから、自販機すら動いてなくて。
だから、お金はあるのにご飯が食べれないっていう。
2日間でちくわ1本しか食べてなかったんでね。
あの、本当に、「あ、戦争ってこういうことか」って思いましたね。
当たり前にあるものがない時代を、僕は生きたことがなかったんで。
まあ、たったね、1週間、神戸で被災した後ね、1週間神戸にいて、ボランティアとかしてたんですけど、本当にね、当たり前の日常って、こんなに簡単になくなるんだなって思ったのが、あの経験だったんで。
まあその時ね、おばあちゃんがね、言ってた言葉がすごくね、こう、思い出した。
まあ、その時は亡くなってなかったんですけどね。
すごいね、思えてます。
まあだから、おばあちゃんに教えてもらった言葉、まあいろいろあるんだけど、やっぱり、こう、今あるね、自分の生活だったりとか、この環境っていうのが当たり前ではないっていうことは、なんか身をもって経験をさせてもらったし、ちっちゃい頃からそう言われてたと思うんですよね。
まあだからそれはね、僕は今の自分の環境に感謝できたりとかするのは、おばあちゃんのおかげなんだろうなって思ってます。
まあ皆さんにね、これを伝えたところで、まあ経験をしないとね、なかなか皆さんも理解できないかもしれないですけど、まあでも交通事故も一つそうですよね。
うんと、こないだ福岡ででしたっけ、えっと、飲酒運転の車がね、バイクにこう追突して、バイクがこう子供を巻き込んで亡くなったって。
あれも本当に、当たり前の日常が突然なくなってしまって、そのお父さんだったっけ、お母さんだったっけ、あの、ちょっと僕、インタビューの声だけは聞いたんですけどね。
うーん、なんかね、すごく考えさせるものがありましたね。
だからそういう当たり前の日常を、天災ではなくて人災で奪ってしまうというのが交通事故だなーって、改めて思います。
まあだから僕らはね、それなりの覚悟を持ってですね、車の運転をしないといけないなーって思うし、まあ僕らはそれなりの覚悟を持って、この仕事をしないといけないなーっていう風に、改めてね、なんか考えさせられるニュースでもありましたね。
まあだから、今一度皆さん、まあこんなことをね、僕が偉そうに言うこともないんだけど、今ある環境であったりとか、今一度ね、皆さんもそういうことを考える、なんか時間を作ってもらったらいいんじゃないかなーなんて思ってしまいますね。
でね、ちょっとね、今ふと思い出したんですけど、僕、最近MLBのね、あの、一試合を、まあドジャースの試合なんですけど、見てて。
昨日、えっと、佐々木朗希選手が復活をして、1イニングだけ投げたんですね。ワンフレームだけ投げたんですけど。
えっと、その時ね、澤村さんが、あの元ジャイアンツにいて、最後ロッテに行ったんですね。僕ちょっと知らなくて。
で、その時に佐々木朗希選手が入られたそうなんですけど、で、佐々木朗希選手が復帰したっていうところで、いろいろ解説をしてて。
まあ、これ佐々木選手の話じゃないですよ。
彼が言ってた言葉が結構ね、あの、こう、突き刺さったんですけど。
「自分の選んだ道だから、こう、文句とか愚痴とかあるかもしれないですけど、自分で選んだんだから最後までやり切れ」みたいなことをね、あの、後輩に言ったことがあるって。
あの、佐々木選手じゃなくてね、言ったことがあるなんてことを言われてて、それもね、なんかね、こう、「当たり前の環境を当たり前に思ってるから愚痴とかが出るんかなー」なんて思ってね、僕はその言葉を聞いてました。
まさに僕もそう思ってて、やっぱり、例えば独立をするっていうのも自分で選んだ道だし、あえてね、こう、守られてない世界に飛び込んだのも自分だから、愚痴とか、人のせいとか、物のせいとか、例えばコロナがどうとかね、そういうこともできないなと思ってて。
だからそういうこともね、ちょっと改めてね、自分が覚悟を決めてることが当たり前になってないかなーなんて思ってですね、あの、ちょっとね、そういうね、あの、ことも考えてしまいました。
ぜひ皆さんの周りの「当たり前」、もう一度考えてみてください。
では、今日も皆さん、ご安全に。
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