メルマガコラム 44
~ 命より大切な前髪 その1 ~
自転車ヘルメットの着用を推進するため、高校で交通安全教室が開催され、講師として招かれた。
「自転車に乗るときはヘルメットをかぶりましょう」という先生の指導に対して、女子生徒が手を挙げた。
「ヘルメットなんて、前髪が乱れるからイヤです!」
先生は聞いた。
「前髪と命とどっちが大事なの?」
女子高校生は答えた。
「私にとって、前髪は命です!」
私はその言葉を聞いて嬉しくなった。
こうした素直な気持ち、偽りのない正直な気持ちを表現してくれることで、新しいものがみつかるはず。ならば、私も正直に答えなければならない。
「そうか、前髪は命か。それほど大切なんだ。わかった。
ならば、ヘルメットを無理してかぶることはできないね」
私の言葉を聞いて、先生たちの顔色が変わった。
元警察署長なら、厳しく指導してくれるはずだ、その生徒を叱り、必ずヘルメットをかぶるように説得してくれるはずだ。なのに、女子生徒のわがままに迎合してどうするつもりか。
「大人たちは、命と前髪とどっちが大事かなんて、当たり前のことを聞いてしまうけど、その質問は質問として成立していないかもしれない」
女子高生は不思議そうな顔を見せた。
「例えば、それは、水と空気とどちらが大切か、なんて質問と同じだと思う。
水も空気も、どちらがなくても人は生きていけないから、その質問に対する答は存在しない。つまり、質問そのものが成立していないことになる。
多分、あなたの言いたいことって、それに近いように思う」
女子高生の表情が緩んだ。
私は続けた。
「でもね、いつかきっと、あなたも、前髪以上に大切なものを見つける時が来る。
例えば、あなたのお母さんのことを考えてみよう。あなたの知らない昔、あなたを身ごもり、やがてお腹の中であなたが動き始める。元気で生まれてくれるだろうか、どんな子なんだろう、などなど、喜びよりも不安な時を経て、あなたは生まれた。
お腹の中で動いていた自分の赤ちゃんと、ようやく対面した。その喜びは、母親にしかわからない。
あなたもいつか、母親になる時が来る。その時のことを想像してみれば、わかるはず。
あなたの命は、あなただけのものではない」
(以下、次号に続く)