運転を哲学する男 小林眞のコラム 70.「ただいま」の声

~ 「ただいま」の声 ~

 

『「行ってきます」と「ただいま」の声の数は同じでなくてはならない……』これは、警察署長Kさんの言葉だ。

この話を管理栄養士の佐藤さんに話したところ、“「ただいま」の声を聞く幸せに気づいた人は、もっと幸せになれますよね!” とまさに的を射た言葉が返ってきた。

そして、“今は平和で元気な日がとても幸せと思えるので、何の変哲もない毎日が楽しい。これからうんと長生きして、孫にいっぱいオモチャを買ってあげたい。だから交通事故で命を失うなんて、そんなもったいないことはしたくない”と、感動的なコメントを送ってくれた。

佐藤さんは2人のお子さんを持つ母親である。

健康のコラムだけではなく、交通安全のコラムも代わりに書いてもらえそうだ。

 

夕方、子どもが学校から帰ってくる。「ただいま!」、そして「おかえりなさい!」

毎日、繰り返されるありふれた会話の大切さを、私たちは忘れてはならない。

大切なものとは、珍しく、数が少ないもののことではない。

例えば、水や見えない空気というありふれたもの。そして、健康と安全というあたりまえの状態こそ、大切なものだ。

 

人がありふれたもの、あたりまえのことの大切さを知るためには、何が必要なのだろうか。

若い頃は、自分の人生の長さがわからなかった。だから、つい、先を急いでいた。危険のリスクを感じても、それで自分を試してみたくなった。

そして、大きな病気もせずに年齢を重ね、いつの間にか自分が高齢者であることを知る。

高齢者になることは、不幸な出来事ではない。当然のことであり、受け入れるべき現実である。そして、人生の長さはわからないが、終わりの近いことを感じるようになった。それも不幸なことではなく、必然である。

今、健康であること、安全であることの大切さを感じている。

ありふれたもの、あたりまえのことの大切さを知ることが、人として成長することなのかもしれない。

 

一人の安全運転による「私の幸せ」の実現が、「歩行者の幸せ」につながり、私たちの社会に安全な交通環境、「社会の幸せ」を実現する。

そのためには、私たち一人ひとりが少しの努力を惜しまず、交通事故の加害者にも被害者にもならないことである。

「ただいま」の声を聞いたとき、その幸せを噛みしめる。そして、「おかえりなさい」と言えることの幸せを、両手に抱えて抱きしめる。

このありふれた幸せを大切にすることで、私たちは安全運転を習慣とすることができる。そして、交通事故は半減し、死亡事故はなくなっていく。

「ただいま」の声を聞く幸せを、私たちは決して忘れてはならない。

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