運転を哲学する男 小林眞のコラム 78.声を上げる力

~ 声を上げる力 ~

 

警察学校で教えられた。

「爆発事故(事件)が発生して現場に臨場した場合、優先して救出すべき被害者とは、泣き叫ぶ人たちではない。声を上げる力すら失って倒れている人たちである」

痛みを訴える人は、生命の危機に瀕していない。声を上げる力も残されていない重篤な人を真っ先に救出せよ、ということである。

災害現場では「トリアージ」が行われる。
それは、被災者のケガの重症度を判断して治療の優先度を決定、選別することをいい、被災者にトリアージタグを付けて結果を示す。赤タグは優先順位1位(重篤)、黄タグは優先順位2位(待機できる)、緑タグは優先順位3位(軽症)、黒タグは優先順位4位(助けられない)。

タグは、記載欄の下に色分けがされており、記載欄のすぐ下が黒色、次に赤色、黄色、一番下が緑色である。トリアージの結果、重篤と判断されれば黄色と緑の部分を切り取り、赤色から上を残す。死亡と判断されれば赤色から下を切り取り、黒色を残す。これによって、治療・救出すべき優先順位が明確になる。

死亡が確認されなくても、助けられないと判断されれば黒色のタグであり、その優先順位は4位、最後である。それは、一人でも多くの命を救うための選択である。

救出作業が進むにつれて、黒色のトリアージタグを付けられた被災者は、取り残されていく。災害現場に点々と横たわり、動かない、黒色トリアージタグを付けた被災者の姿がそこにある。

私たちの社会が、第一に手を差し伸べるべきは、声を上げることもできない人たちであり、それは災害現場だけではない。犯罪被害者も、交通事故の被害者・家族も同じである。DVも、ストーカーも、児童虐待の被害者も同じである。

犯罪被害者は被害によって傷付くだけでなく、マスコミ報道によって傷を深くすることがある。性犯罪の被害者は、時に被害者にも責任があるような無責任なコメントが広まり、心まで閉ざすことになる。DVは家庭内の出来事であり、加害者(夫)の社会的な評価が事実の深刻さを覆い隠し、被害者(妻)は口を閉ざし、更に暴力が繰り返される。ストーカー被害も深刻であり、児童虐待に至っては言葉を失うほどである。

その被害の大きさとは肉体的な傷の深さではない。暴力は、形を変えて被害者の精神を蝕み、追い詰め、声を上げる力を失わせる。

声を上げないから傷が小さいのではなく、声を上げることすらできないほど、精神的に深い傷を負っているのだ。
その悲しさの大きさ、苦しみの深さとは、叫び声の大きさではない。過失によって発生する交通事故もまた、言葉にならない悲しみを残し、積み重ねられていく。

私たちに自然災害を防ぐ力はないが、今日の、自分の事故を防ぐ力はある。私たちが交通事故を防ごうとしているのは、交通事故の悲しさを知っているからである。交通事故は、私たちの力で防ぐことができるからである。

交通安全を願う気持ちの強さは、その声の大きさではない。大きな声でなくとも、安全運転の大切さを話し合い、共有することによって、かけがえのない命、幸せを守ることができる。

私たちは交通事故を防ぐための声を上げる。その声を重ね合わせることによって交通環境を変え、交通事故を防ぐことができるからである。私たちには交通事故を防ぐ力がある。

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